2007年04月26日

カツオ水揚げ

気仙沼市魚市場の北側桟橋にある見学用デッキが、南側岸壁(一期分・百二十四メートル)の使用が六月一日から始まるのに合わせ南側まで延長される。延長す るのは北側分百二十メートルと南側分百二十四メートル、さらに南側岸壁を横断する十五メートルの合わせて二百五十九メートル。現在あるデッキとつなぐと三 百五十四メートルとなり、一気に四倍近い距離となる。

 南側桟橋まで延長することで、北側で主に水揚げされる小魚類や、マグロはえ縄船、大目流し網船が漁獲したマグロ、カジキ、サメ類に加え、一本釣り船が漁 獲したカツオの水揚げ風景も見学できるようになる。カツオは現在、鮮度を保つためにタンク販売されているが、上から眺めることで船からベルトコンベヤーに 載せられ、氷水を張ったタンクに入れられるまでをつぶさに見ることができる。

 デッキの幅は一・八−三・六メートル。三・五−四メートルの高さから見下ろす。横断型見学デッキとともに魚市場の仕事をよりゆったりと見ることができるほか、桟橋に見学者が土足で入らなくなるため、衛生管理面の向上にもつながる。

 ただ「遠くから眺めるだけでは、生きた市場を視察する意義が半減するのではないか」と心配する声も一部にあり、市議会にも同様の指摘がある。体験学習効 果を高め、集客力向上を目指すためにも「海の市」と連携するなどし、より印象に残る見学になるよう工夫が求められそうだ。

 南側桟橋工事は二〇〇四年に始まった。海側には県が整備を担当する水揚げ桟橋があり、内側が荷さばき所。鉄骨三階、延べ床面積四千二百七十二平方メート ル。天井の高さは海側で七メートル。屋上は駐車場になる。道路側には三階の管理棟を建設。一階はトラックヤード、二階は市管理事務所、研修室、作業員休憩 室。三階には大会議室、仲買業者用の貸事務所なども設置する。

 計画では〇八年度までにさらに南側九十九メートルを同様に整備。その後も順次工事を南進させ、総延長四百十三メートル、延べ床面積一万八千平方メートルに整備する予定だ。
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カブレラ逆転サヨナラ2ラン!最速250号王手


9回無死二塁、逆転サヨナラ2ランを放ったカブレラは、マスコットのレオ(右)、ライナー(左)と一緒にバンザイ 9回無死二塁、逆転サヨナラ2ランを放ったカブレラは、マスコットのレオ(右)、ライナー(左)と一緒にバンザイ [写真を拡大]
 ◆西武5―4オリックス(22日・グッドウィルドーム) 歓喜のシャワーが火照った体を冷ましてくれた。本塁 ベースに近づいたカブレラめがけ、ナインが押し寄せる。ミネラルウオーターの雨を浴びながら、至福の時をかみしめた。「最後に打てて本当に良かった」完全 復活を告げる逆転サヨナラ2ラン。主砲の顔に今季一番のスマイルが広がった。
 4番の意地と誇りをひと振りに詰め込んだ。「自分で決めてやろうと思った」1点ビハインドの9回無死二塁。読み通り、カーターの外角スライダーを怪力で押し込んだ。打球は右翼ポールを巻き、ライオンズブルーの海に飛び込んだ。
 最近3試合は左手首のねん挫でスタメン落ち。4試合ぶりの先発出場で大仕事をやってのけた。「練習で100%のスイングをしても痛みはなかった」気温23度の暖かさも、ベネズエラの大砲の復調をアシストした。
 心の支えがいる。一時は離婚協議中だったジェニー夫人(30)と、最近になって復縁。「シーズン終了まで日本にいてくれる予定だ」とうれしそうに話す。サヨナラアーチでつかんだマスコット人形は、この日も観戦に訪れた愛妻に贈った。
 これで通算249号。あと3試合で節目の一発を打てば、ブライアント(元近鉄)の733試合を抜き、250号到達の最速記録を更新だ。「数字に意識はない」と話すが、「最強スラッガー」の称号は手の届くところにある。
 今季初のサヨナラ勝ちに、伊東監督も「大きな、価値ある勝利」と主砲を手放しで称賛した。カブレラは「とにかくライオンズを日本一にするよう努力する」と締めくくった。来日7年目で2度目の日本一へ。最強助っ人が放つアーチが、頂点への道しるべとなる。
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インドとオペラとダイビング


2007年04月11日

 インドにオペラにスキューバダイビング。
一見無関係に思えるこのお三方には、実は共通点がある。「インドに行った」「オペラを観た」「ダイビングをした」という話をすると、けっこうな頻度で「春口はどうだった?」と聞かれるのだ。「すごく好きか、そうでないか、最初にはっきり分かれるんでしょう?」と。
 たしかに「初回で強烈にハマった」という話はちょくちょく聞く。中には「人生観が変わった」と言う人もいる。じゃあ私はどうだったかというと、「どれもすばらしかったし、好きである。しかし好き度は普通」。なんだ、このヌルい感じ。
 
 

ダイビング入門の思い出

 
 とはいえ、初めてダイビングをしたときの思い出は鮮烈だ。
 Cカード(ぽれぽれメモを参照)を取得するために、某ダイビングショップを訪れたのは20代の頃だが、お店の人の第一声は「うちは体育会系。合宿も厳しいよ」というものだった。
 しかしこちらとて中学からテニスをやっているし、“属性:社会人、カテゴリ:趣味”であれば、厳しいといってもたかが知れているだろう。そんな考えで現地入りしたのだが…甘かった。
 まず合宿中は、名前ではなく、番号で管理される。メッシュ素材の黄色いスイミングキャップが貸与され、それをかぶって講習を受けるのだが、額の部分に黒 マジックで大きく番号が書かれているのだ。ちなみに私は2番。「2番潜行!」「ハイ!」「ぐずぐずしない!」「ハイ!!」という具合である。
 穴とツギだらけの黒いウェットスーツもかなりシブく、己のスーツ姿からは“体育会系”や“部活”を通り越して、“業務用”という言葉が 連想された。「現金が見つかったのはこの川です!」とかいうテレビ中継で、川底をさらう警視庁に紛れても、しっくりくるに違いない。まあつまり、なかなか に似合っていた。
 
 

苦労の末にCカード取得

 
 プール講習はなく、いきなり海での実習で、最初の指令は「とりあえず、あそこのブイ(20メートルぐらい先)まで泳いで帰ってきて」とい うものだった。泳ぐのが好きな私は大丈夫だったけど、3番さん(千葉から参加した19歳女子)はカナヅチで、「無理です…」と目に涙をためていた。温情措 置で、BCジャケット(ぽれぽれメモ参照)に空気を入れる(浮き輪がわりにする)ことが許されたものの、苦しいスタートである。
 しかし3番さんに同情しているヒマはなかった。
 水面に浮きながら、インストラクターの説明を聞いていたときのこと。突然、体が、ぶくぶくと沈みはじめた。先の3番さんのように、BCを浮き輪状にしていたのだけど、もう1人のインストラクターが背後から、私のBCの空気を抜いたのであった。
「いつ何時こういうことがあるか分からん! 2番! 立ち泳ぎしながら自分の息でBCを膨らませるのだ!!」
 ひー。
 必死にキックしたけど、水面に顔を出すだけで精一杯。タンクやウェイトの重さはけっこうなものなのだ。
 ほうほうのていで陸に上がると、1番がぼそりとつぶやいた。
「この講習…カップルとかで来てはいけないね…」
 ちなみに1番はミヤ(本コラム準レギュラー)である。
 
 さて。100年の恋もさめる醜態をさらしつつ、なんとかCカードを取得した私は、2〜3年に1度というゆるい周期で潜りに行っている。あ のときの経験のせいか、普通に潜っていると、「こんなに何事もなくていいはずがない」と妙に身構えてしまったりもするが、限りなくペーパーダイバーだし、 それぐらいでいいのかもしれない。
 そういえば前回のダイビングから、そろそろ2年が経つなあ。
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森山良子と兄・晉


2007年04月14日

 高さ20メートルの絶壁の向こうには、水平線しかない。群青色の海から押し寄せる高波が、白いしぶきを上げて岬に砕け散る。
写真波照間島の最南端。月の光を浴びて、打ち寄せる波が白く輝いた=沖縄県竹富町で、10分間露光
写真3カ月かけて織った「あけずば織」を身にまとう上原美智子さん=沖縄県南風原町で
写真幼いときの森山良子さんと兄の晉さん=東京・代々木上原駅で、森山さん提供
写真市場は声を張り上げるおばあの天下だ=那覇市で
写真  
 琉球列島の南の端、「果てのウルマ(サンゴ礁)」を意味する波照間島(はてるまじま)。人が住む島では日本の最南端である。この島のかなたに「南波照間島」という幻の島があると伝承は言う。
 岬に立ち、幻の島で楽しく暮らしている亡き兄に思いをはせる妹――。歌手の森山良子さん(59)が作詞した歌「涙(なだ)そうそう」をモチーフにした小 説の結末だ。岬の先端に立って海を見ていると、強い風に乗って沖から白いものが飛んできた。大きなチョウだ。一瞬、幻の島から来たかと錯覚する。
 風にあおられたしぶきが飛び、ほおをぬらす。作詞のいきさつを語る森山さんのほおを伝った涙を思い出した。
 沖縄のバンドBEGIN(ビギン)作曲のテープが届いたのは98年。「涙そうそう」というタイトルの意味を問うと、涙がポロポロこぼれる 様子だという。そのとたんに思い出したのは、23歳の若さで急死した兄「晉(しん)ちゃん」だ。その夜、封じた思いを吐露するように泣きながら詞を書き始 めた。
 
 古いアルバムめくり/ありがとうってつぶやいた/いつもいつも胸の中/励ましてくれる人よ/晴れ渡る日も雨の日も/浮かぶあの笑顔/想(おも)い出遠くあせても/おもかげ探して/よみがえる日は涙そうそう
 
 ふたりだけの年子の兄妹。取っ組み合いのけんかをして育った。同じ高校でクラブ活動も同じバスケットボール。死の直後はだれを見ても兄に 見えた。思い出すと苦しく、家族はだれも兄のことを口にしない。居間の棚から赤い革表紙のアルバムを取り出し、兄の影を追ってはひとり泣いた。
 一番星に祈る/それが私のくせになり/夕暮れに見上げる空/心いっぱいあなた探す/悲しみにも喜びにも/思うあの笑顔……
 つらい思いをした日、一番星を見上げると星が瞬いた。「メソメソすんなよ。助けてあげられなくて悪いけど、お前もがんばれよ」と兄が語りかけた気がした。星に願いをかけてがんばれば、きっと何か達成できると信じた。
 森山さんは1月、「この広い野原いっぱい」でのデビューから40年になった。すべて順調だったわけではない。沖縄がテーマの「さとうきび 畑」では最初、10分18秒の長さを歌い通す歌唱力がなく、非力を思い知らされた。「真剣に歌に立ち向かっているうちにサトウキビ畑がふっと私の心に入 り、『いいよ、もう』と許してくれた。それまでに30年以上かかった」と言う。
 その間、勇気づけ次のステップに引っ張ってくれたのが兄だった。「兄は私の中で神様になった」。悲しいにつけうれしいにつけ、今もその日の出来事や思いを、一番星に向かってそっと打ち明ける。
 
 

泣いて踊る「おばあ」の心

 森山良子さんは03年に沖縄をコンサートツアーで回った。本島北部の食堂に立ち寄ったさい、近くに住むおじいさんが黄色に変わった古い手書きの楽 譜を持ってきた。森山さんの昔の歌だ。感激し、お礼にギターを取り出して歌った。すると周りにいた6、7人のおばあさんたちが踊り出した。踊りながら、や がて泣き出した。
 森山さんは「おばあ」の涙に打たれた。貧しい中、自給自足しながら生き抜いたおばあたち。つらい人生があったに違いない。その思いが噴き出ていると思うと森山さんも涙があふれ、泣きながら「涙そうそう」を歌った。
 
♪  ♪  ♪
 おばあの涙にどんな意味があったのか。現地を訪ね、おばあを探した。
 沖縄本島の最北部、山原(やんばる)地方。急傾斜の山がエメラルド色の東シナ海に迫り、海沿いのわずかな平地に赤瓦の古い家がひしめく。 シークワーサーの産地、大宜味(おおぎみ)村の国道沿いに郷土料理店「笑味(えみ)の店」がある。伝統的な料理を復活させようと金城笑子さん(58)が始 めた。周囲のおばあたちが育てた野菜を食材とする。
 森山さんが歌ったのは、この店だ。近くに住む元高校音楽教師の奥島廣さん(88)が楽譜を持参したおじいさんで、楽譜には30年前の日付があった。踊りながら泣いたおばあの中には、91歳の平良(たいら)節子さんがいた。
 平良さんは40歳から40年間、開拓移民として石垣島の明石地区で働いた。1ヘクタールの荒れ地を夫と開墾してパイナップルを栽培し、養 蚕をして雨の日は機織りをした。牛小屋のような茅(かや)ぶきの家に暮らし、7人の子を育てた。サツマイモが最高の食事だった。マラリアにかかり一家全滅 を覚悟したこともある。医者はおらず、40度の熱に苦しむ子にやかんで水をかけて冷やした。密林を歩いて墓にする場所を探した。
 平良さんに涙のわけを聞いた。森山さんの歌を聞いていると、石垣島でさんざんな目に遭い人生で一番がんばった時代を思い出したという。 それだけではない。「森山さんは遠くから来て田舎のおばあのために歌ってくれた。生きていればこういうこともあるという喜びの涙でもありました」と話す。
 
♪  ♪  ♪
 その石垣島明石の蚕が吐き出す12マイクロメートルの極細の糸を使い、本島南部、南風原(はえばる)町の上原美智子さん(57)は薄絹を織る。トンボの 羽を指す「あけずば織」だ。糸は3000メートルで1グラムしかない。白く透き通った布は羽衣のように、空中にふわりと浮かんだ。
 織りながらふっと思い出すのは亡くなった兄の笑顔だ。ウルトラマンの原作者、金城哲夫さんである。円谷プロに入り24歳で脚本家となっ た彼は76年、37歳で他界した。同年の沖縄国際海洋博の閉会式の演出を任されたがうまくいかず、仲間からは「国の手先」となじられた。酒に逃げ、酔って 2階のひさしから足を滑らせ転落死した。精力的であると同時にガラス細工のような繊細さを持つ人だったという。
 織物を仕事とすることに父母は反対した。賛成してくれたのが亡き兄だ。そのとき兄に「1本の糸に惚(ほ)れるような仕事をしなさい」と 言われた。「その言葉が私の中に沈殿し、時々思い出します。兄の言葉に従って自分の世界を究める仕事をしてきました。兄が天国から今の私を見て、誇れる仕 事をしていると思ってくれたらうれしい」
 兄の死から1年としないうちに母が亡くなった。そのとき上原さんは6カ月の赤ん坊をおなかに宿していた。ショックで2度も流産しかけたが、長女が生まれた。命のたくましさとはかなさを同時に感じた。
 身近な人々が次々に他界する中、上原さんはこう思うようになった。「人は時間をもらって生かされている。死んだ人があとに残すのは、よく生きなさいというメッセージなのね」
 
♪  ♪  ♪
 「涙そうそう」の小説は、脚本家の吉田紀子さん(47)が弟と共作した。森山さんの歌をもとにTBSが開局50周年を記念して映画を制作。自ら書いたその映画の脚本を膨らませた。
 吉田さんは森山さんの沖縄公演のさい、たまたま与那国島にいて中学校の体育館で「涙そうそう」を聞いた。2年前に急死した母を思い出し、声を殺して泣いた。東京に帰って数日後、TBSから「涙そうそう」の映像化を相談され、「書きます。書かせて!」と答えた。
 母の死後、夕暮れによく空を見上げた。だから一番星に祈るという歌詞に共感した。「それまで脚本で人を殺すのは嫌だった。母の死で、死は日常の中にあり避けてはいけないと知った。命と向き合う話を書こうと思った」
 だれもが、面影を心に探す人がいるだろう。「涙そうそう」を聴くとき、あなたはだれを思い出すのだろうか。
タグ:涙そうそう
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「むつ湾フェリー」あす運航再開


写真
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 陸奥湾を横切り、外ケ浜外ヶ浜町 蟹田とむつ市脇野沢を結ぶカーフェリー「かもしか」が二十一日、今季の営業を開始する。経営改善を図る中、社名を下北汽船から「むつ湾フェリー」へ二十年 ぶりに復活させており、イルカにちなんだ新キャンペーンも企画した。県内各地から集結した海の男たちが、船の点検や補修を済ませ、新たな船出を待ってい る。

 蟹田−脇野沢間は一時間の船旅で、往復で計四便(八月一日から二十日まで六便)の運航。運航開始から七月十六日までの新企画「イルカいないかキャンペー ン」では、船上からイルカが見えると、乗船者全員に記念品(せっけん)をプレゼントする。イルカとの遭遇は五、六月がピークで、遭遇する便の割合は多い月 で四割ほどに上る。

 乗組員は船長や機関長、甲板員の計八人。小泊や八戸などから集まった季節限定のスタッフだ。同フェリーに勤務して最長の二十三年という地元の大澗毅光さ ん(51)は「天気がいいと、船上から函館や八甲田、岩木山も見え、最高です」と声を弾ませる。船長の三上信正さん(68)は外ケ浜町三厩の出身。長年、 八戸を拠点に遠洋漁業に携わり、一九九四年ごろから今の仕事に就いた。「この仕事は生計を立てるためだけでなく、好きだから。大勢の人が乗ってくれると、 やはりうれしいです」と笑いながら話す。

 三セクの同社はこれまで青森−脇野沢−佐井航路を切り離し、半島間の交流など観光利用の促進を目指しながら、経営改善を続けている。フェリーの営業は十一月五日まで。
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県美術館の新館長 米田耕司氏(61)


米田耕司氏

 質高め喜ばれる企画を

 二十三日で開館三年目を迎える県美術館(長崎市出島町)の二代目館長に就任した米田耕司氏(61)。美術館冬の時代といわれる時に、開館二年を待たずし て入場者百万人を達成、同館は全国からの注目度も高い。伊東順二前館長のコンセプト「呼吸する美術館」をどう引き継ぎ、運営していくのか。米田新館長に期 待や展望を聞いた。

 −就任して二週間。感想を。

 来てよかった。六十歳を過ぎて単身で来るので、正直不安はあった。文化芸術やスポーツで県を盛り上げたいという知事の意向に共感し、県民を元気にしたいと張り切っている。

 −長崎との縁は。

 若いころ、学芸員として長崎に来ないかという話があった。事情があり断ったが、今思えば、その時の縁があったのかなと思う。その後は海に隣接する美術館設計に携わる経験があり、県美術館の設計段階で、担当者が相談に来た。

 −県美術館と同じく、指定管理者制度を導入している長崎歴史文化博物館との連携は。

 互いに勉強会をしたり、広報や共同企画があれば協力したい。(歴文博の)大堀哲館長からは「長崎はいい所。土着しなさい」と言われた。

 −教育の場としての美術館のあり方とは。

 心豊かな子どもたちを支えていくために、私たちの仕事がある。お金がなくても苦しくても頑張れる心の勇気を与えてくれるのが芸術。子どもたちに美術館・博物館での体験を十分にしてもらうということは、十年後、二十年後のその県の文化を支えていく力になる。

 −どんな企画展を考えているか。

 須磨コレクションを生かし、長崎とスペインのつながりを意識した展覧会を開きたい。

 −千葉県立美術館では、郷土ゆかりの画家、渡辺學展を開いた際、マグロの解体ショーなど地域おこしのイベントを企画したが。

 美術館には地域を元気づける力があることを示したかった。商工会議所なども加わり、観光面での効果もあった。

 −今後の運営について。

 開館効果はいずれ落ちていくだろう。入場者数を増やしていくことも大事だが、質もポイントだ。たった一人でもいいから、一枚の絵を見て生きる力をもらえた−といった質の高い美術館でありたい。職員同士よく話し合い、県民が喜べるような企画を打ち出していきたい。 (聞き手は生活文化部・平古場富美)


 よねだ・こうじ 1945年生まれ。国学院大文学部史学科卒。千葉県立安房博物館館長、千葉県立美術館館長。文部科学省委嘱「誰にもやさしい博物館づくり事業委員」などを務める。主な著作に「新版・博物館学講座」(全15巻)がある。
タグ:美術館
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ぱちんこ京楽の1人勝ちにみる業界事情


1強21弱のパチンコメーカー業界勢力図

戸田 智美(2007-04-18 05:00)
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満を持して導入開始『必殺仕事人V』(撮影:戸田智美)

 パチンコ屋へ足を踏み入れ、設置してある台を興味深く眺めていくと、勢力図がおよそ4区画に分けられていることがわかった。

 第 1のシマは言わずと知れた『海物語シリーズ』(三洋物産)、第2のシマはコアなファンに支えられる『エヴァンゲリオン』(フィールズ)、第3のシマはやた らと音響が激しく、演出が長いために、ほとんどの台がリーチ中とも思える活況を呈する京楽産業の『ぱちんこシリーズ』。第4のシマはこの競争にあぶれ、そ の他多くのメーカーの台が所狭しと脈絡もなく並べられた種々雑多のコーナー。

 格差社会の波はパチンコ台にまで押し寄せている。
 パチンコメーカーの優勝劣敗が顕著である。前述の「シマ」を形成する勝ち組の3社においても京楽産業の人気はダントツ。
 ゲーム業界で言えば文句なく「任天堂」であり、自動車業界の「トヨタ」である。
 「5万台を売れば大ヒット」と言われるパチンコ台において、『海物語』シリーズで30万台売ったと言われる三洋は、旧来の『海物語』の人気が高す ぎて、本来業績アップの糧になる新台入れ替えがままならないというジレンマに陥っている。一方、『エヴァンゲリオン』のフィールズもこのシリーズではコン スタントに10万台以上のメガヒットとなっているが、旬の藤原紀香を起用した新台が大コケに終わり、戦略を見失っている。
 このような悩みを抱える2社を尻目に絶好調の販売を継続しているのが京楽産業である。4月中旬、満を持して発売した『必殺仕事人III』は予約段 階で販売終了。推定8万台以上の売り上げを計上したと言われている。この京楽産業は、『必殺仕事人』のみならず、発売する機種すべてが計画通りの完売。
 不得意な分野であった甘デジ(大当たり確率100分の1以下の当たりやすく、遊びやすい機種)対応についても、全くのオリジナルコンセプトである 『歌舞伎ソード』を発売し、第5のシマである「甘デジのシマ」まで席巻しようとしている。パチンコ店オーナーとすれば設置した台にどれだけ客付けできるか が判断の分かれ目になる。
 京楽産業にはマニアの中で語り継がれる新台開発の苦節物語がある。

 2004年秋に日本テレビ系列で放映されたドキュメント番組である。番組では、当時開発中の『ウルトラセブン』がテーマとなっていたが、著作権者 である円谷プロダクションとの交渉が難航し、駄目出しを連発された。このシーンは番組を見ている者まで胃が痛くなるようなシリアスな場面だった。私もよく 覚えている。

 テスト版の実験では同僚からも不満の数々。当時、パチンコ店は『海物語』に埋め尽くされ、三洋がまさにこの世の春であった。結局、京楽産業の社運を賭けたプロジェクト『ウルトラセブン』発売は開始時期を6カ月ほど延期することとなってしまった。

 2005年5月、ようやく新台認可→発売となったが、当時ファンが待望していた「射倖(しゃこう)性」が充分すぎるほど煽(あお)られた台とあって評判は上々。これが京楽旋風の始まりであった。
 その後、『ウルトラセブン』開発の苦労をしっかりと活かしたのであろう、ファンが損をしても納得できる台作りに特化しはじめた。演出が多すぎて時間効率を重視するプロには敬遠されるものの、シロウトファンとパチンコ店オーナーには欠かせないメーカーに成長した。
 そして、この勢いを決定付けたのが『冬のソナタ』であることは言うまでもない。その後も『水戸黄門』、『JAWS』、『美空ひばり』、『アタック No.1』というようにジャンルにこだわらない万人向けの新台を供給し続けている。『ウルトラセブン』後継機である『ウルトラマン』もメガヒット。パチン コ店オーナーが安心して購入できるメーカーとなった。
 ただ、この1人勝ちは業界に深刻な問題を引き起こした。1台あたりの単価が他メーカーより5〜10万円高いと言われる京楽産業の台だけが発売後即完売で、他メーカーはよくても1万台。なかには販売数5000台を割り続けるメーカーも現れている。
 メーカーが新機種を販売するサイクルは1〜2カ月。売れないと分かっていても、パチンコ店のポジションを確保する必要性から、新機種の開発を続け なければならない状態だ。1度台を外され、他メーカーが入ってしまうとそのパチンコ店への営業復活は困難になる。したがって売値も相当なダンピングとなる という悪循環がここにある。
 1人勝ちを続ける京楽産業の業績は、未上場であるため、ディスクロージャーがなく断定できない。しかし、昨年冬の一時金は史上最高だったと聞いた。
 上場しているパチンコメーカーの決算を見ると歴然としている。SANKYO、平和、タイヨーエレク、アルゼ、各社いずれもが2007年3月期、業 績は下方修正。タイヨーエレクはセガサミーとの経営統合を発表。平成19年2月、ジャスダックに上場した藤商事に至っては、上場後わずか2カ月後に23 パーセントあまりの売り上げ下方修正をしている。
 歴史があり、『CR花満開』でパチンコ業界をリードした西陣、業界下位にありながら『モンスターハウス』の爆発的人気で名をはせた竹屋。『必殺仕 事人III』に対抗して、オリジナルキャラクター『黄門ちゃま』を4年ぶりに復活させる平和、京楽産業ばりに演出に力を入れ始めた『ピンクレディー』の大 一商会……。
 1強21弱のパチンコメーカーが今後、どのように切磋琢磨(せっさたくま)し、生き残っていくか。しっかりと見守りながらパチンコを楽しみたい。
 1995年をピークに、パチンコ店の減少が続く中、マーケットも縮小。今や厳しいのは中小パチンコ店のみでないことは明らかだ。

1995年 売上 30兆9000億円 ホール数 1万8244店 パチンコ台数  382万台
2000年     28兆7000億円        1万6988店          342万台
2005年     28兆7000億円        1万5165店          296万台
(社会経済生産性本部 発表)

タグ:パチンコ
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“海猿”の候補生が大幅増


舞鶴・海上保安学校
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学生の増加に対応するため、海上保安学校で進められている学生寮の増築工事(舞鶴市長浜)
 海上保安官を育てる海上保安学校(京都府舞鶴市長浜)の学生数が、今春から大幅に増員される。全国に約1万2000人いる海上保安官も団塊世代の大量退職時代を迎えているためで、今春の入学者は昨春より約80人増の見込み。同学校は学生寮を増築するなどして対応する。
 海の安全を守る海上保安官の大半は、採用試験合格後、全寮制の同学校で1年から2年間の教育を受け、全国の任地に配置される。入学式は年2度あり、昨年は春に116人、秋に98人が入学したが、今春の入学予定者は194人。今秋も昨年の倍以上が採用される見込みという。
 海上保安庁によると、昨年4月1日現在で全職員のうち50歳以上が約3800人と約3割を占め、1年後の現在もほぼ同じ年代構成という。今後は毎年300−400人の退職が予想され、当分の間は学生数の増加が続くとみられる。
 同学校は現在、耐震改修にあわせて学生寮の増築工事を実施中で、今春からは2段ベッドも導入して学生の増加に対応する。同学校総務課は「民間の会社も採 用活動に力を入れているが、海上保安官は魅力ある仕事だとこれまで以上にPRし、優秀な人材を募りたい」としている。今春の入学式は、12日に行われる。
タグ:海猿
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出会いと別れ

たまたま出席した同窓会や懇親会、仕事絡みのパーティーや打ち上げ、親戚や友人の結婚披露宴などで偶然出会った人と意気投合することがある。人と人 の縁とは不思議なものだ。それも男女の間柄であれば一瞬で恋に落ち、全てを捧げてしまうこともある。そしてそのまま結婚してしまうことも。  このような縁は何も人と人だけの話ではない。偶然同じ筐体内に居合わせたディスク同士が、システム管理者の都合で出会い、一瞬にして恋に落ち、全 てを捧げて相手と同じ内容になる機能がある。ディスク装置に搭載された高速コピー機能がそれだ。筐体内の2つのディスクをソース(コピー元)とターゲット (コピー先)をペアにし、仲人役のシステム管理者が機能を実行すると、ソースディスクの内容が一瞬にしてターゲットディスクにコピーされてしまうのだ。ま るで一目惚れしたかのように。
 この高速機能を実現する方法は、実際の世界では機械の種類によって千差万別だ。しかし大別すると、偽装結婚型(ポインターコピー方式)、自由恋愛型(バックグラウンドコピー方式)、偽装離婚型(スプリットミラー方式)の3つに分類することができる。

偽装結婚型

 偽装結婚型は、世間的には恋に落ちて即結婚したかのように見せて、その目的のために形式的には離婚はしないが、実質的には一緒に暮らさないという偽装結婚のようなやり方だ。
 仕組みとしては機能の実行により、一瞬で同じ内容になったように見せるが、実はデータの在りかを指し示すポインタをコピーしただけで、実データは コピーしないのだ。つまり、偽装結婚のような見せかけのコピー方式といえる。このやり方はデータを実際には全くコピーしないので、本当はコピーするために 2倍の容量が必要となる部分が節約できるので、節約型と言っても良い。この方式は「SnapShot」と呼ばれることもある。
 当然ながらコピー先のディスクを使用するためには、2つのディスクをコピーの関係にずっと維持しておく必要がある。そのため偽装結婚が世間的に結 婚しているかのように見せる努力が常に必要なのと同様に、コピー元のディスクには常に負担がかかることになる。これは、負荷が増えてパフォーマンス的に遅 くなってしまう可能性があることを意味している。

自由恋愛型

 自由恋愛型は、恋に落ちて全てを捧げた後に、2人の努力により無事結婚式を挙げ、新婚旅行を満喫してお互いの全てを理解したら、アッサリと2人の関係を清算できるやり方だ。
 結婚に例えると、成田でサヨナラといった感じかもしれない。初めは偽装結婚型のようにポインターだけをコピーし、一瞬にして同じ内容になったよう に見えるので、最初の手口は偽装結婚型と大差はない。しかし異なるのはその後である。最初は実際にコピー先にはデータがコピーされていないが、お互いの努 力でソースディスクの内容をターゲットディスクにコピーさせていくのである。データが完全にコピーされると、ターゲットディスクにとってソースディスクは もはや用済みで、お互いに関係していたという事実を残す必要はないため、独立してお互いの人生を独自に歩んでいくのである。完全に自由になってしまうのだ から、どちらも別の相手と付き合ってもかまわない。
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【私のお仕事】漁師でした。海の底はゴミだらけです

※皆さんからいただいた投稿を編集し、掲載します。

投稿者:匿名さん

 こんなこと言っていいものかとも思いますが、思い切って言ってみようと思います。私、以前日本海で底引き船の漁師をしておりました。秘密といいますか、みなさん知らないだけだと思いますが、海の中は非常に汚れています。ゴミの山です。

 底引きですので海の底を網で引くわけですが、その網の中に魚をかけ漁をします。魚だけでなくいろんな物が入ってきます、泥などもそうですが、大量のゴ ミ、ゴミの中から魚を選り分けると言っていいほどのゴミが入っています。海の中は外からは見えません、見えないだけなのです。

 沖合いの海の底から冷蔵庫や自転車といったものまで入ることも、しかし、残念なことにそれらのゴミは再び海の中へ、仕事としていちいちそれらを持って帰 ることはできません。あそらく、あっと言う間に船はゴミの山となるでしょう、それでは漁師は漁ができなくなるのです、なので魚だけ選ってゴミは海の中へ… これでいいものか?
タグ:漁師
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